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思索:東京(後篇)

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じつは、これらのコラムは、すごく眠かったり、憂鬱な気分だったり、気が触れてたりしてる時の”エネルギー”で書いてるのですが、近頃は調子が良くて、”エネルギー”が不足してます。

東京についての話の後篇です。

前篇はこちら。

...

東京についての思索を始めて、一番最初に浮かんだのが「東京の人は冷たい」論についてでした。

ただ、これは本来なら東京外の地域の人たちについても知らなきゃ話せないことだし、自分はほとんど東京の人(さらに言うと東京生まれの人)としか接したことがないので、異議を唱えることはしませんでした。

東京生まれの人は、素朴で素直で優しい”普通の人”だと思います。
少なくとも自分が出会ってきた人たちはそうでした。って母も言ってました。

というか、どこの人だって同じだと思うんですが、どうなんでしょうか。

「冷たい」に対する反論はこの記事とか読むといいかもしれません。
「東京は干渉しないだけ」に同感です。

話を変えますが、僕からするとですけど、上京してきた人たちって”どうも馴染めてない感”があるんですよね。

人々が東京の人間に対して何かを言う時、「東京の人は~」と言うけれど、実はそれが指してる”東京の人”って、”都会にいる人たち”であることがほとんどだと思うんです。

東京に住む地方出身の人の割合は4割から5割らしいのですが、”都会にいる人たち”となると間違いなく割合が上がると思うんですよね。6割から7割くらいじゃないでしょうか。

というのも、地元が東京だと、普通はそんな都会行かないというか。
例えば、地元が大阪の人って”わざわざ”道頓堀のグリコのところ行かないと思うんですよ。たぶんそんな感じです。

で、さっき言った”馴染めてない感”の正体がこの”わざわざ”感みたいなのなんじゃないかと思ったんです。

最近、夜な夜なクラブに行って、酒飲んだり、はしゃいでる人たちが、”必死に東京を楽しもうとしている”ように見えたことがあったんですが、そういう人たちの馴染めてない感がすごくて。
僕からしたら東京は”普通”なので、あんな風に”わざわざ”楽しもうとしないな、と思ったんですよね。

でも、なんかこう、”心がはしゃぎたがる気持ち”っていうのはわかるんですよ。

たとえば、旅行とかで沖縄、大阪、アメリカ(どこでもいいんですが)に行ったら、やっぱり「楽しもう」って思うじゃないですか。日常にない特別な経験だから。

上京してきた人たちは、ずっとそういう気持ちの延長戦上に居るのかな、なんて思ったりしました。でも仕事の都合で上京した人には当てはまらなそうですね。

前に、「東京出身じゃない人は結局東京に馴染めず消耗していく気がする」みたいなツイートをしたんですけど、その消耗の理由ってそういうところだったりするのかもしれないなと思いました。

”上京したけれど、地元に住んでた頃と気持ちや生活がまったく変わってない”って人、たぶんいないと思うんですよね。

4,5,60年東京で生活し続けたらいつかは地元と同じ感覚で過ごせるようになるんでしょうか? ならない可能性もありそうな気がします。

東京で生まれ育った人でも東京で消耗してる人も見かけるし、別に上京がいいとか悪いとか言いたいわけではないんですよ。

ただ、結局、人間は生まれ育った場所・生き方じゃないと自然に生きれないのかもしれないなと思いました。

どうか自然に生きてほしいものです。

...

前篇が筋道を立てて論理的に説明していく書き方だったのに対して、今回は思考を書き連ねていったようなものになりました。
正直前篇の文章が気合入りすぎていて、あれと同じクオリティで書くにはエネルギーが足りませんでしたね。

でも無理せず自然に生きなきゃいけないと思ったわけですし、これで投稿します。

 

以上です。